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「水心一致」の境涯

「水心一致」の境涯

いよいよ夏本番、海のシーズンがやってきた。夏は海が待っている。私は小学2年生から大阪の毎日新聞社が主宰する浜寺水連学校に土日の休みもなく夏休みの毎日を通っていた。そこで古式泳法、競泳法、浮き身術等々の錬成を歯を食いしばってくたくたになる迄海と共に過ごしてきた。
最後は卒業試験の1万メートルの遠泳の試験が待っている。朝早くから夕方まで、2艘の伝馬船とボート3艇に囲まれて4列縦隊の隊列を乱さず男女100人ほどが群泳するのである。
 当時、白砂青松の浜寺の沖合30m位のところに海岸線に沿って横に50メートル間隔で設けられた投水台がありその間を毎日1000メートル、1500メートルを泳ぐことを強制される錬成があった。それを乗り越えてきた生徒たちにとっては、卒業試験の1万メートル
の遠泳の試験は左程苦にはならず、むしろ遠足のような楽しい行事に思えた。
 早朝の海水は身体に冷たく迫ってくる。東から昇る太陽は燦燦と輝き水面をキラキラと照らす眩いものがあった。何キロか先の沖合いに出て陸上の海岸線を見据えて,それに平行して南へ南へと進んで行くのだが途中でいろんなことが起こる。
 静かに皆揃って泳いでいるとどこからともなく飛んできてこつんと頭に突たるものがある。あちこちで痛いと叫ぶ生徒。はじめはそれが何か判らず誰かが小石を持ってきて投げたのかなと思っていたら、それはそうではなくて魚だ。静かな海面から飛び魚が飛んできて頭にいきなり突撃してきたのである。空軍だ。痛いので頭を少し冷やそうと思って海に顔をつけると、なんと海底には黄色や紫や白や赤の色とりどりのくらげが見えるやないですか。
丁度それは色や形が変転万化する美しい万華鏡のようなきらびやかな世界に映った。その大群が海を行く吾々を歓迎してくれていたのである。しかし触れようものならば刺されて腫れあがる。海軍である。
 油断も隙も無い。そのような敵に揺さぶられず隊列を乱さず、前へ前へと泳ぎを進めていく。2漕の伝馬船の上から大きな太鼓をたたいて掛け合いで「おけさ節」の音頭が天空に響き自然との一体感を誘発される。水平線の彼方まで 金波銀波の波の上 遥かに見える淡路島を見ながら校歌を耳にし、ひたすら千軍の咆哮水をかき分けて往け水天の果て迄も。
水心一致の境涯に浸るのである。

 同じ動作を何回も何回も繰り返しして泳いでいくうちにわが身の在るを失ってしまう。いやさ その身を動かしている我のこころのいとなみも無くなってしまう程に水と融け合い、吾は水と成って、海は吾となっていく入我我入、宇宙と融合してしまう。心身共に純化されていくような絶対境を感じる。
    心身ともに健やかに気宇壮大 精神不屈。
    静水と見て侮らず
    狂瀾と見て恐れず
水勢により深浅により長渡に急行に遊泳自在なるを以て水泳の名手となすのである。
しかし、この時はまだ水を敵とし、水を友として水の外に吾がある。
体、心と和し  心、体に合し  心身共に水と渾然一体となる水心一致の境涯に達してはじめて水練と称し得るのである。この時、自然と調和した吾に感謝の念、歓喜の感情が自ずと涌いてくるのを覚える。無碍自在。
水に包まれている自分、護られている自己、それは水を通して改めて感じることが出来たのである
  その方法は、浮き身術をする事によって体験する。手も足も体も全身が海底から離れ頭のてっぺんから足先までの全員が海水に包まれた状態になる。その時、それまで大地と繋がっていた体がその繋がりが切れると注意は自身の内界に向けられ、自身を頼りとするようになる。主体が自身に在ることに気づかされ、そして自分を包んでいる水の在ることが分かりだす。全身を圧している水は実は大自然のいのちの顕われであって自身を護ってくれているエネルギーであると、水心一致の境涯は神人瞑合となるを教えてくれている。普段は、大気で以て感じられていたモノの何たるかが分からず、何気に過ごしていたものが海水という全身を圧する働きによって気付かなかったエネルギーを知らされたのである。

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